蝶々ならみずいろ

絹さん(仮名)は和風の87歳。

 

重い心疾患で日常動作も困難です。
1日をベット上で過ごし、食事や排泄もベットの上。
もちろん、羞恥心への配慮は徹底しなくてはいけません。

 

排泄後の交換時はなんとも言えない空気が流れます。
床にいても和風の寝間着に白髪を綺麗に結い上げ、ベットの上で正座し私を迎えて下さる絹さん。

 

申し訳なさや恥ずかしさ、情けなさ。
絹さんの心情は計り知れず、下手に取り繕う言葉より、まったく関係ない話をしながらの方が、絹さんの気持ちが和らぐかも知れない

 

「そういえば絹さん、聞いてくれますか?」
「な、ナニ?」
当時の私は比較的大人しい印象を与えていたので驚いたような雰囲気が伝わってきます。

 

「うちの子供が」
「うちの猫が」
自分の周りのエピソードを面白おかしく話をしました。
交換作業の手は止めず、ずっと話を聞いてもらっていたら、
時には笑い、
時には「え?それはどうして?」と質問され、

 

いつしか交換時の身体の固さが柔らぎました。
絹さんの意識を反らすことに成功したようです。
絹さんとの心の距離もぐっと近づいたように感じました。

 

それでも、きちんとした身なりと正座で迎えて下さる姿勢は変わりません。
私も調子に乗らず、馴れ合いにならず、
介護業務に当たらなきゃと、背筋を伸ばしました。

 

状態が芳しくなく、入院することに決まってからの訪問。
いつもの絹さんでした。
最後に「私がもし死んだら蝶々になって、きっと貴女に会いに行くから」。

 

縁起でもない…などの取り繕いの言葉は必要ありません。
その時、絹さんは薄いみずいろの寝間着を着ていました。
「わかりました、みずいろの蝶々ですね。
待ってます」

 

それから数日後、絹さんの訃報を知りました。

 

赤の他人である私に、人生の最後に発せられた言葉のうちのひとつが戴ける、
そんな心の繋がりを体験できました。

 

それが私が蝶々どころか、蛾も退治できなくなった原因の出来事です。